公益財団法人 中谷財団 公益財団法人 中谷財団

助成採択者インタビュー特集 研究助成
採択者インタビュー

2025年度
研究助成 開発研究

相良剛光准教授(博士(工学))

東京科学大学 物質理工学院 材料系

プロフィールを見る

相良剛光先生インタビュー

蛍光特性の不可逆変化のみを示すロタキサン型超分子メカノフォアの開発

蛍光特性の不可逆変化のみを示すロタキサン型超分子メカノフォアの開発

 「こする」「すりつぶす」「引っ張る」といった機械的な刺激を加えることで蛍光色や蛍光強度が変化する――。そんな有機材料の開発を行っているのが、東京科学大学 物質理工学院 材料系の相良剛光准教授だ。
 何らかの外部刺激に応答して蛍光特性が変化する機能性材料はいくつも研究されているが、外部刺激の中でも光や熱ではなく「機械的刺激」、つまり「力」に着目した研究はめずらしい。力を可視化できる機能性材料の応用範囲は広く、相良先生が切り拓く新たな学術分野はさまざまな業界から注目を集めている。

2025年度
研究助成 開発研究

氏名
相良剛光准教授(博士(工学))
所属機関・職名
東京科学大学 物質理工学院 材料系
主な受賞歴
2025年度研究助成 開発研究助成

材料が受ける力を可視化

 右の動画は相良先生が開発している機能性材料の一例で、その特長をわかりやすく示している。特別な有機分子を導入した伸縮性フィルムを伸ばすことで蛍光を発し、フィルムを元に戻せば蛍光が消える。「引っ張る」という機械的(物理的)な外部刺激に応答して可逆的に蛍光をon/offさせることができる材料だ。
 機械的刺激によって、光の吸収や蛍光特性の変化のほか化合物の放出や触媒作用の活性化(化学反応がスムーズになる)などのアウトプットを示す分子骨格を「メカノフォア」とよぶ。特に蛍光特性が変化するメカノフォアは材料が受けるダメージを容易に可視化できるなど応用範囲が広く、近年、さかんに研究されている。しかし、これまでに報告されている大半のメカノフォアは、分子内部の共有結合を切断する必要があるため、蛍光特性を変えるには比較的大きな力を必要とし、また、可逆性に乏しいという問題があった。
 これに対し、相良先生の開発したメカノフォアは共有結合の切断ではなく、分子の集まり方を変えることによって蛍光特性を変化させるため、きわめて小さな力で、しかも可逆的に蛍光特性を変化させることができる。この画期的な機能性材料の注目度は高く、相良先生によると、「まだ社会実装には超えるべき壁がありますが、これまでにパラソルを作っている会社や衣料関係企業、自動車メーカーなどからも問い合わせがありました」という。

 

新たな学術分野を拓く運命の発見

 相良先生がこすると蛍光色が変わる物質を発見したのは東京大学の修士課程在学中のことで、「見つけた時は手が震えました」と当時の興奮を回想する。
「修士課程時代に与えられた研究テーマで全然データが得られず、ノーデータのまま修士2年目の9月になっていたんです。さすがに『これはマズいぞ』と思い、与えられた分子設計とは異なる分子の合成に取り組むことにしました。寛大で理解ある教授のもとだからできたことです」
 その分子がゲル化剤となり、さらに分子集合構造解析のために新たに合成したモデル化合物をカラム精製していた際に、たまたまその化合物をこすってみたところ、青色の蛍光色が青緑色に変化したのだという。
「最初はこすったことで分子が壊れたのかと思ったのですが、加熱すると元の青色に戻ったので、どうやらそうではないらしい。そこで、外部刺激によって可逆的に吸収・発光特性などが変わる現象(クロミズム)を文献で調べてみたところ、サーモ(熱)クロミズムやフォト(光)クロミズムの記載はたくさんあったのですが、機械的刺激で蛍光色が変化するメカノクロミズムはほぼ見当たりませんでした」
研究室
 現在では、こすることで蛍光色が変化する物質についての報告が相良先生以前にも数例あったことがわかっている。しかし、相良先生はさらに熱を加えることで元の色に戻ることも発見。その論文が米国化学会発行ジャーナル「Journal of the American Chemical Society」に掲載されたことで、「分子集合構造変化を利用した蛍光性メカノクロミズム」が世界的に知られることとなった。相良先生の発見が新しい学術分野を拓いたといえる。
「完全に偶然の産物で、ねらって作り出した物質ではありませんでした。でも、実験などでねらい通りの結果が出ても、あまりおもしろい研究にはなりません。自分の想像を超えるような結果が出てこそ研究はおもしろい。私も、この発見をしていなかったら研究者の道は選ばず、どこかの企業に就職していたかもしれません」
相良先生
 そんな相良先生だが、博士課程では修士課程とは違う研究室に入り、液晶を研究テーマとしていた。その時にも運命的な発見を経験する。
「偏光顕微鏡で液晶をのぞきながら、スパチュラ(へら)でつついて変化を観察していた時に、また対象の物質の蛍光色が変わったんです。修士時代と同じ現象を発見したことで、『力で光り方が変わる物質の研究は私の運命だな』と思いました。名前(剛光)にも光が入っていますしね(笑)。これも自由奔放に研究をすることを快く許してくれた当時の指導教官のおかげです」
 以後、相良先生は未知のテーマであり、大きな可能性を秘めた「メカノクロミック(機械的刺激で発光特性が変化する)発光材料」の研究をライフワークとしてきた。

 

ロタキサン型超分子メカノフォアの誕生

 博士課程を修了した相良先生は、ポスドクとして東京大学大学院 薬学系研究科の長野哲雄教授の研究室に所属する。
「例えばスマホのタッチパネルなど、力をセンシングする機能性材料はすでにあらゆる場面で実用化されているので、そこと競合しても仕方ありません。原理的に極めて小さい力を可視化できるという特長を持つメカノクロミック化合物が最も役立つ場面を思い浮かべた時に、おそらく生命科学への応用だろうと考えました。そこで、がん細胞を識別する蛍光プローブなどを開発していた長野先生の研究室で知見を得たいと思ったのです。第1回神戸賞大賞受賞者の浦野泰照先生や、第2回神戸賞Young Investigator(Y.I.)賞受賞者の神谷真子さんとは長野先生の研究室で知り合いました」
 長野先生の研究室での研究を経て、例えば細胞にある膜貫通タンパク質が出す数pN~数十pN(ピコニュートン:1兆分の1ニュートン)という微弱な力を検出する分子として相良先生がたどり着いたのが「ロタキサン」だった。インターロック分子とよばれる超分子のひとつであるロタキサンは、環状分子の輪の中を軸分子が貫通する構造で、軸分子にある嵩の高いパーツがストッパーとなるため、自然に抜けていくことはない。この環状分子に蛍光団、軸分子に消光団を導入し、引っ張る力を加えることでoff状態だった蛍光をonにするという仕組みだ。
ロタキサン型超分子メカノフォアの創製図
 引っ張る力に応答する「ロタキサン型超分子メカノフォア」を実現するためにポリマー材料の研究が必要だと考えた相良先生は、日本学術振興会の海外特別研究員としてスイスのFribourg大学のAdolphe Merkle Instituteに留学。超分子・刺激応答性ポリマーの研究で有名なChristoph Weder教授のもとでの2年間の研究を経て、北海道大学電子科学研究所の助教となった。
「引っ張ると光るフィルムはこの北大助教時代にできました(参照:冒頭の動画)。ロタキサンに着目してから4年ほど経っていた焦りがありましたので、引っ張ったフィルムが光った時は、興奮して思わず叫んじゃいました(笑)」

 

ロタキサン型超分子メカノフォアのチューニング

 北大赴任当初に相良先生が応募した助成のひとつが、中谷財団の「奨励研究助成」だった。
「当時は研究室に設備が整っておらず、浦野先生から中古の装置を譲ってもらったこともありました(笑)。そんな状況でしたので、とにかくいろいろな助成に応募したのですが、あの当時、若手に150万円もの金額を出してくれるところはありませんでしたので、中谷財団の助成は大変助かりました。また、『旅費は〇%まで』といった助成金の使用制限がないことや、『所属機関へ支払う間接経費(いわゆるオーバーヘッド)には使用できない』と明記してくれていることで、全額研究費に使えたこともありがたかったです」
 この2016年度の「奨励研究助成」を皮切りに、相良先生は2021年度の「奨励研究助成」、2025年度の「開発研究助成」と、これまでに3度、中谷財団の助成に採択された。その都度、環状分子構造のシクロファンや環状分子が鎖のように連結されたカテナンを用いた新たな超分子メカノフォアを開発して研究を進化させてきた。
相良先生
「ロタキサンを含めて、それぞれのメカノフォアによって蛍光特性を変化させるのに必要な力が少しずつ異なるため、うまく組み合わせることで力のマルチカラーイメージングが可能になると考えています。また、最近では生体応用のために細胞の培養を始めているほか、ロタキサン型超分子メカノフォアの機能のチューニングも行っています。例えば、ロタキサンの軸分子にあるストッパー部分の嵩高さを調節することで、一定の力までは可逆的に蛍光特性が変化するものの、その力を超えて引っ張ると環状分子がストッパーからすり抜けて不可逆的な変化を示すようにする、といった機能の付加です。ロタキサンは有機合成の際の設計の自由度が比較的高く、ストッパーの大きさを微妙に変えたりすることができるので、なかなかおもしろいんですよ」
蛍光強度の可逆変化・不可逆変化が起きるメカニズム

 

研究で大切なのは「おもしろい」と思うこと

研究室
 この「おもしろい」という感覚は、優秀な研究者に共通した研究へのモチベーションといえる。
「もちろん、生命科学などの分野で実用的なメカノセンサーを作ることによって人類の役に立ちたいという目標はありますが、おもしろい現象を発見することや未知のテーマを開拓していることのおもしろさが大きなモチベーションになっています。予期せぬことが起きた時にそれを『おもしろい!』と楽しんで、そこから自分のテリトリーを越えるアイデアを生み出すことが、研究には大切だと思っています。逆に、コスパやタイパを重視しすぎる人やトライ&エラーでエラーが起きた時にモチベーションが下がるような人は、研究者には向いていないかもしれません。
 私の場合、理科や科学がおもしろいと思うようになった最初のきっかけは、小学生の時に、大手の中学受験塾が開いていた夏休みの科学実験講座に参加したことでした。BTB溶液の色の変化を見てきれいだなと思ったり、液体窒素で凍らせたゴムボールを講師が床に落として粉々に割るのを見て驚いたりしたことが、今思えば原点だったのでしょう。現在では逆に、私が大学のオープンキャンパスなどで「のばすと光るフィルム」をはじめとした研究成果を披露していますので、高校生などで興味がある人がいればぜひ参加してほしいですね」
 そう言って、相良先生は優しそうに微笑んでくれた。