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2024年03月18日 アドバンスト

ドイツ・アーヘン工科大学滞在記

ARIP中間報告

東北大学医学部医学科3年

Host lab: Bioinorganic Chemistry

 

1.研究

・研究内容

金属を含む酵素は、同じく金属を含む小分子(錯体)よりも、遥かに高い触媒活性を持ちます。タンパク質のこうした特徴的な性質は、1950年代から認識されていおり、長い間、研究の対象になってきました。タンパク質がどのように優れた性質を金属から引き出しているのか、それを説明する仮説の一つがEntatic Stateです¹。Entaticは“構造のゆがみ“を意味します。すなわち、金属をたんぱく質の”歪んだ”構造で囲むことによって、化学反応の前後のたんぱく質を敢えてエネルギーが高い状態にしています。そうすることで、化学反応でボトルネックとなる部分のエネルギーの高さ(活性化エネルギー)を相対的に低くし、速い化学反応を実現しているのです。この仕組みを解明し、コモンメタルを用いた小分子で同じ性質を構築できれば、光エネルギーを利用して様々な反応を効率的に進めることができ、工業化へのスケールアップが視野に入ります。このように、Entatic Stateは生物無機化学において重要な概念になっています。しかし、Entatic Stateの存在を実証し、それを定量化するのは、現在においても研究の課題の一つになっています。

 

2019年、当研究室で研究していた電子移動反応に関わる銅錯体において、いくつかの構造パラメタが反応速度などに相関していることが報告されました²。そうした構造パラメタは、光励起や電子移動反応の前後における銅の配位構造の変化を定量化し、それを通じて、Entatic Stateのエネルギー的な寄与が最大20kJ/molであると定量化されました。(生物的な文脈で言えば、ATP分解酵素は約30~70kJ/molのエネルギーを放出する³。これと同じオーダーのエネルギーを共役な反応なしで達成しているので確かに大きい。)

 

これを踏まえ、私たちの研究では、DFT計算を用いて様々な錯体を計算し、エネルギー・構造・反応速度の相関を調べ、より高いEntatic Stateの寄与を実現する錯体を探しています。

 

1) Heck, Joshua. (2023). “Studies on novel copper guanidine quinoline complexes: examination of the substituent influence on the properties and ability as entatic state models for the electron transfer.” Aachen: RWTH Aachen University. Retrieved from RWTH Aachen University Publication Server, DOI: 10.18154/RWTH-2023-09447, URL: https://publications.rwth-aachen.de/record/969921/files/969921.pdf. [Accessed on: 15/03/2024]

2) Stroscio GD, Ribson RD, Hadt RG. Quantifying Entatic States in Photophysical Processes: Applications to Copper Photosensitizers. Inorg Chem. 2019 Dec 16;58(24):16800-16817. doi: 10.1021/acs.inorgchem.9b02976. Epub 2019 Nov 26. PMID: 31769293.

3) Ron Milo, Rob Phillips(2015)『Cell Biology by the Numbers』Taylor & Francis.

 

・現在の進捗

DFT計算の手法のベンチマークから始まり、現在では先行研究の錯体について必要なデータが8割ほど揃ってきています。また、現時点でのデータにおいて様々な組み合わせの決定係数も調べており傾向が掴めてきました。これらの傾向をどのように解釈していくかが、今後の課題になっています。

 

感想

高い能力を持つと予想された錯体が、実際には大幅に低いなど、一筋縄ではいかず、現在の状態ではまだ固まった結論がすぐには導けそうにはないです。ミクロな視点で自然軌道解析NBOなどで配位構造や電子構造との関連を考えたり、複数の変数を同時に使って新しい関係を見出したりと、アイデアを出していきたいです。

 

機械学習のプロジェクトとしてみればEDAの段階だと思います。具体的なモデルを構築したいですが、DFT計算をするにも実際に錯体を合成するにも(失敗が無ければ)2週間は必要であり、データ数が1桁とどまるという問題があります。一方で、データの種類は様々あり、

・少数で高次元なデータをドメイン知識を用いて統合することが出来ないのか?

・データ数が豊富な系に対してモデルを学習したうえで研究対象の系にモデルを転移できないか?

など、次の研究へのモチベーションに繋がっています。今後の活動も見据えつつ、研究をまとめていきたいと思います。

 

・日独米の違い

言語の違いについてですが、意外なことに、ドイツの方が研究の話はしやすく感じます。ドイツの方も英語が第二言語になるために、言語の違いについての理解があり、同じ目線で議論できていると感じます。

独米との違いについて、やはり就業時間に対する徹底した態度があるように感じました。アメリカでは「金曜の昼は週末のうち」など、大らかな姿勢によって残業が無いように感じました。一方で、ドイツは17時に帰宅するのが義務感のように感じました。(実際には18時くらいまでは研究してる人はいますが19時まで研究室にいたら怒られました。)

 

 

2.生活

・普段の生活

アメリカの大学の一番強い印象として、催しやセミナーの多さがありました。ドイツにも、2月中旬にカーニバルという大きなお祭りがあります。装飾したトラックが町中を走り回り、音楽を奏でながら、お菓子を投げます(物理的に投げる)。最後に、ゴミの山になった街を数十台の清掃車が走り回り、全て掃除します。日本ではハロウィンに似たお祭りですが、“計画的な渋谷ハロウィン“のようで、大変面白かったです。しかし、それを除くとドイツでは町でも大学でも特に大きな催しはなく、落ち着いて研究できる場所に感じました。

 

・言語の壁

研究の議論の上では英語が使えますが、それ以外では全てドイツ語です。人間関係の幅を広げるうえで、ドイツ語を喋れないのは大きな障壁に感じました。

 

休日

休日は研究するか勉強していましたが、友人が訪問する際に旅行しました。アムステルダム・ブリュッセル・コペンハーゲン・パリなど、有名な観光地がバスや電車で行けるのは、ヨーロッパならではの楽しみに感じました。アーヘンの隣町にもケルンやリエージュなど歴史的な街があり、世界史を身近に感じれました。言語の壁は大変厳しいですが、それを乗り越えれば、ヨーロッパは人生を通じて生活したい場所に感じました。

3.最後に

ここまで研究をサポートして下さったProf. Dr. rer.-nat. Sonja Herres-Pawlis とメンターのMr. Tobias Seitz、小川研之様をはじめとする中谷医工計測技術振興財団の皆様、留学のサポートをしてくださったジャパンスタディツアーの林様、厚く御礼申し上げます。今後とも精進してまいります。

 

 

鈴木ラファエルムギ