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助成受賞者インタビュー特集 技術開発研究助成
受賞者インタビュー

平成30年度
技術開発研究助成 奨励研究

中嶋香奈子主任研究員(理学博士)

国立研究開発法人産業技術総合研究所
人間拡張研究センター運動機能拡張研究チーム

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中嶋香奈子先生インタビュー

足関節不安定症診断のための長時間記録型足底三軸力計測デバイスの開発

高い汎用性を秘めた「足から健康を守る」デバイスの開発

足の捻挫を経験した後に足関節に不安定さが残る「慢性足関節不安定症(chronic ankle instability:CAI)」は、その診断の難しい点が臨床現場で課題となってきた。産業技術総合研究所の中嶋香奈子博士は、そんなCAIの診断基準を定量化する計測デバイスの開発を研究テーマとして、平成30年度の中谷財団「奨励研究助成」に採択された。その仕組みは足底にかかる三軸力を計測・記録するものであるため、CAIに限らず足の様々な異常を検知し、高齢者の転倒事故予防などへの応用も期待できる。
そんなデバイスの研究・開発の経緯とともに、中嶋博士が研究者の道を選んだ理由や、将来、研究者を志す小・中・高校生などへのメッセージを聞いた。

平成30年度
技術開発研究助成 奨励研究

氏名
中嶋香奈子主任研究員(理学博士)
所属機関・職名
国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間拡張研究センター運動機能拡張研究チーム
主な受賞歴
平成30年度 技術開発研究助成 奨励研究助成

CAI診断の難点を取り除く、患者と医師の橋渡し役

「慢性足関節不安定症(CAI)」という疾患は、世間一般にはまだあまり知られていない。とはいえ、放置すると足の捻挫を繰り返すほか、足関節の軟骨がすり減って痛みを生じる「変形性足関節症」に進行する危険性も指摘されている。また、不適切な初期対応によって足関節捻挫の20%がCAIに移行しているといわれるなど、潜在的な患者も多い。
CAIの代表的な症状としては、歩行時に突然、力が抜けたように足部が内反(内側に曲がる)する「Giving-way」とよばれる現象がある。ところが、Giving-wayは患者の意識が足関節に向けられている場合には起こりにくいため、医師の診察時に再現されることは極めて少ない。
これがCAIの診断を難しくしている主因で、中嶋博士は「Giving-wayには、医師などの前で血圧を測ると家庭で測るより数値が高くなる、いわゆる『白衣高血圧』に似ている部分があります。そこで、普段の生活の中で起きるGiving-wayを定量的に捉えるデバイスを開発して、患者さんと医師や医療従事者の方の橋渡しをしたいと考えています」と研究目標を語る。


※三軸力測定センサのほか、光学式モーションキャプチャシステムで足関節の動きを測定し、歩行の特徴を捉える。
中嶋先生

なかなかGiving-wayが起きない

実際の開発現場では、足底にかかる左右(X軸)・前後(Y軸)の剪断応力(水平方向に働く力)と、足底に垂直にかかる圧力(Z軸)の三軸力測定センサを複数設置した靴が用いられた。この靴を履いたCAI患者群と健常者群で歩行計測を行い、Giving-wayが起きた際の足底への力のかかり方の違いなどを分析するのだが、医師の診察時と同様、意識が足関節に向けられている可能性があるため、CAI患者群の歩行計測では容易にはGiving-wayが起きない。
図1 足底三軸力計測デバイスの外観
図2 センサ配置
図3 ソフトウェアの設計画面
図4 足部と床に働く力の作用・反作用の関係
中嶋博士は、「片流れの傾斜上での歩行(図5のBの画像)や、靴底のかかと部分にゴム製の半球を取り付けた靴での歩行(図5のCの画像)など、Giving-wayが起きやすい条件を作って計測を行ったのですが、それでも思うようにはいかず、ご協力いただいた被験者の方には何度か歩行計測を行ってもらいました」と実験の苦労をこぼす。
図5 各条件における実験実施の様子
そうした苦労の甲斐もあって、CAIに関する海外の先行研究で報告された、「踵接地後に足が内反する」「足圧中心が外側に偏移する」といったCAI患者の傾向を定量的に捉えることに成功したほか、「世界で初めて、Giving-wayが起きたときの足底の動きと健常者の足底の動きの違いを計測した“ファーストレポート”を出すことができました」(中嶋博士)と成果をあげている。
今後、足底三軸力計測デバイスの実用化までは、歩行計測データの蓄積やソフトウェアの改良、繰り返し試験による信頼性の向上など、まだまだハードルは多い。それでも、中嶋博士は「Giving-wayの頻度や回数、内反の角度などを検知・分析して、患者さんがデバイスを装着することで、CAIがどのステージにあるのか、手術を必要とするのか、身につける装具で快癒するのか、といった判断の支援も可能にできればと考えています」と、研究・開発のゴールを見据えている。

高齢者の転倒事故予防への応用

中嶋先生
また、足底三軸力計測デバイスが臨床現場で実用化されれば、CAIに限らず、歩行中の様々な異常や足トラブルを検知できるものになると考えられる。なかでも期待が膨らむのは、高齢者が寝たきりとなるきっかけとして問題視されている「高齢者の転倒事故予防」だ。実は、中嶋博士がこれまでに研究テーマとしてきたのが、この高齢者の転倒事故予防なのである。

※被験者の足のサイズに合わせて、いくつもの大きさのセンサや電子回路基板を用意し、靴の中敷きや靴内部に装着して計測する
転倒を誘発する足トラブルとしては、外反母趾や巻き爪、魚の目やタコ、リウマチなどが挙げられるが、中嶋博士は「高齢者の60%がこうした何らかの足トラブルを抱えているといわれています」と話す。続けて「その場合の歩行特徴を定量化したり、術後における最適な『免荷(体重をかからないようにすること)』の方法を、デバイスを用いて計測したり、装具の評価をしたりといった研究を、東京大学の足の外科、お茶の水女子大学、奈良女子大学と協力して進めていました」と言う。
そして、研究チームメンバーとのディスカッションのなかで、臨床現場のニーズとしてCAI診断基準の定量化という課題を知り、「同時に、中谷財団さんの助成にマッチする研究テーマなのではないかと教えていただきました」(中嶋博士)と助成申請の経緯を語る。さらに、「助成対象として採択していただいたことには、もちろん感謝しているのですが、助かったのは金銭面だけではありません。『自分たちの研究が認められた』という自信が持てたことも大きかったです」(中嶋博士)と話してくれた。

研究者という選択肢に気づくタイミング

そんな中嶋博士だが、大学2年生のころまでは「私が研究者になるなんて、思ってもいませんでした」と言う。「子どものころ、祖父母が処方された大量の薬を飲んでいるのを見て、『こんなに飲んで大丈夫なのかな?』と心配になったことがきっかけで、漠然と将来は薬学や医療関係に進もうと考えていました。でも、大学3年でゼミに配属されて初めて研究に携わってからは、どんどん研究にのめり込んでいったのです」(中嶋博士)という。
当時の研究は、母親向けの幼児用疾病判断支援アプリケーションの開発だったが、中嶋博士は「今までわからなかったことを研究で解き明かしていくおもしろさや、社会に役立つものを生み出していくことの達成感を強く感じました」と当時を振り返る。そして、大学4年からは、指導教官が研究の柱としていた高齢者の転倒事故予防、なかでも「計測デバイス開発による歩行評価」という現在につながる研究テーマを選び、「この研究を自分でやり通したいという思いから、修士課程、博士課程への進学を決めました」(中嶋博士)と話す。
中嶋先生
とはいえ、欧米に比べて極端に女性研究者が少ない日本では、目に見えないさまざまな障壁があったのではないかと想像される。その点に関して中嶋博士は「私の場合は家族や周囲も応援してくれていましたし、そこまでの壁は感じませんでした。でも、博士課程まで終えると年齢は27歳になるので、女性は結婚や出産、子育てなどのタイミングと重なりがちな点は不利かな、と思います」と言う。
中嶋先生
中嶋博士が所属する産業技術総合研究所では、最長3年間の育休を取れる制度があるが、それでも「研究者の評価は業績リストで判断されますので、そこにブランクができることもキャリアの面ではマイナスと言えるでしょう。また、学会発表などの出張のときには子供を預かってもらわなければならなかったり、連れて行く場合には現地での保育をどうするか、子供の旅費の検討など様々なプランを想定することが必要なので、やはり独身時代とは勝手が違ってきますね」と、子育てとの両立に苦労する現状を吐露する。ただ、「産業技術総合研究所では、この2023年5月から要勤務日数の50%までテレワークが認められるようになるなど、働き方については少しずつフレキシブルになっています」(中嶋博士)と話す。
最後に、将来研究者をめざす小・中・高校生などへのメッセージを乞うと、「私自身が研究者になるとは思っていなかったので……」と戸惑いながら、「私の場合は、研究のおもしろさや達成感を知って、研究者という選択肢があることに気づくタイミングが大学生のときにありました。将来の進路や選択肢は決して一つではないので、そうしたタイミングに触れる機会があれば、大切にしてほしいですね」とエールをくれた。続けて、「そんな機会を増やすためにも、地域の研究機関や大学などのオープンラボやイベントが開かれていれば、積極的に参加してほしいです。そして、ぜひ研究者の方々にいろいろな質問をしてください。私たちにとっては、そうした場での声が新たな研究につながるなど、役に立つことが多いのです。逆に、みなさんにとっては研究職に興味をもつ機会になって、将来、いっしょに研究できるようになるかもしれませんよ」と微笑んでいた。