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助成受賞者インタビュー特集
技術開発研究助成
受賞者インタビュー
仁子陽輔先生インタビュー
超高輝度な長軸対称型ピレン誘導体の合成と生体深部血管イメージングへの応用
超高輝度な長軸対称型ピレン誘導体の合成と生体深部血管イメージングへの応用
生きたモデル動物の細胞や生体組織・器官に蛍光プローブ(蛍光色素、蛍光ナノ粒子)を導入し、その動態を顕微鏡で観察する生体蛍光イメージングは、医学・薬学研究などへの応用展開が進む重要技術だ。そこで用いられる顕微鏡は、生体組織や器官を高い時間・空間分解能で観察できる「二光子励起蛍光顕微鏡(2PM: two-photon fluorescence microscopy)」が主流となっている。その観測可能深度を飛躍的に高めることができる蛍光プローブとイメージング技術を開発してきたのが、高知大学教育研究部総合科学系複合領域科学部門の仁子陽輔准教授である。 そんな仁子先生に、新たな蛍光プローブの開発に至った経緯や最新研究の動向、さらには、研究にまつわる苦労などについてお話を伺った。
2022年度
技術開発研究助成 奨励研究
- 氏名
- 仁子陽輔准教授
- 所属機関・職名
- 高知大学教育研究部 総合科学系複合領域科学部門
- 主な受賞歴
- 2022年度 技術開発研究助成 奨励研究助成
マウス脳海馬領域の血管動態まで観察可能にした最新成果
現在、生体蛍光イメージングの分野で最も注目を集めている観察対象のひとつが、脳血管動態(血流速度や血管径の変化)である。脳血管の動態とその周囲の脳神経活性は互いに関連していることが知られており、仁子先生は「アルツハイマー病やパーキンソン病をはじめとする様々な難治性の神経疾患の機構や、投与薬物の効果を探る研究などで重要となります」と説明する。
ただし、一般的な二光子励起蛍光顕微鏡(2PM)と市販の蛍光プローブを用いてマウスの脳血管イメージングを実施した場合、脳表面から深さ0.7mm程度、部位で言えば大脳皮質領域の血管までしか観察できない。より深い領域の血管を観察するためには、生体組織内への透過性が高く、「生体の窓」などとよばれる近赤外領域、その中でも900nm以上の波長の光を発振するフェムト秒レーザーを励起光源として使用する必要がある。しかし、当時汎用されていたレーザーの波長の長波長端は1000nm程度であったが、その波長を効率的に吸収(光エネルギーを受け、分子が二つの光子を同時に吸収して電子励起状態に達する)・蛍光発光(励起された分子が基底状態に戻る際に蛍光を発する)する色素は殆ど知られていなかった。

仁子先生は「最初は、より二光子吸収しやすく蛍光発光しやすい(=明るい、高輝度)プローブを作ればいい、と単純に考えていました。ですが、そのプローブに当てるレーザーの光は生体深部にいくほど弱まり、その結果、観察される蛍光の強度は指数関数的に弱くなります。つまり、プローブの輝度は、従来のものより数倍高くなった程度ではダメで、数十、数百倍としないと、観察深度向上の効果を実感しにくいんです」と苦労を話す。
この問題を解決すべく、仁子先生は初めて中谷財団の「技術開発研究助成(奨励研究)」に採択された2018年度助成、その後2度目の採択となった2020年度助成、さらに3度目となる2022年度助成を通して新規蛍光プローブの開発を重ねた。高い光吸収性と蛍光性をもつピレンと呼ばれる化合物を基に、1000nm前後の光を効率的に二光子吸収し、強く発光する蛍光プローブLipoPYF5を開発した。このプローブは、従来、脳血管イメージングに多用されてきたローダミン誘導体に比べ、百倍を超える輝度を示す。このプローブを使用した結果、「2021年にはマウスの海馬のCA1という領域に届く深さ1.5mmまで、翌2022年にはさらにNIR-LipoPYF5という蛍光プローブを開発し、海馬DG(歯状回)という領域の脳血管に届く1.8mmまで観察できるようになりました。まだ詳細はお話できませんが、現在はもっと深い領域の観察にも成功しています。」(仁子先生)という。
この問題を解決すべく、仁子先生は初めて中谷財団の「技術開発研究助成(奨励研究)」に採択された2018年度助成、その後2度目の採択となった2020年度助成、さらに3度目となる2022年度助成を通して新規蛍光プローブの開発を重ねた。高い光吸収性と蛍光性をもつピレンと呼ばれる化合物を基に、1000nm前後の光を効率的に二光子吸収し、強く発光する蛍光プローブLipoPYF5を開発した。このプローブは、従来、脳血管イメージングに多用されてきたローダミン誘導体に比べ、百倍を超える輝度を示す。このプローブを使用した結果、「2021年にはマウスの海馬のCA1という領域に届く深さ1.5mmまで、翌2022年にはさらにNIR-LipoPYF5という蛍光プローブを開発し、海馬DG(歯状回)という領域の脳血管に届く1.8mmまで観察できるようになりました。まだ詳細はお話できませんが、現在はもっと深い領域の観察にも成功しています。」(仁子先生)という。

大きく成長した“我が子”のような分子
画期的な性能を示すこのLipoPYF5やNIR-LipoPYF5という蛍光プローブと生体蛍光イメージング技術だが、仁子先生がその大元となる蛍光性分子を作製したのは、東京工業大学の学生時代のことだった。仁子先生は「有機合成で色々な分子を作っていたのですが、自分が作った分子には愛着がわくんですよね(笑)。そこで、どうにかしてコイツが優れた分子であることを証明してやりたい、と思うようになったんです」と話す。
そんな“親心”から、仁子先生が分子の可能性を探ってたどり着いたのが、脳血管イメージングへの応用だった。そして、東工大大学院在学中(当時、日本学術振興会特別研究員)だった2015年1月には、安価なファイバーレーザーを励起光源とする2PM用の蛍光プローブ「PY」を開発。PYは、生体組織の深部を観察できる潜在性をもち、また従来の高価なチタンサファイアレーザーを必要としないため2PMの低コスト化に繋がる材料であると評価され、研究成果は英国王立化学会発行ジャーナル「Journal of Materials Chemistry B」2015年1月14日号の表紙を飾った。


その後、日本学術振興会の海外特別研究員として派遣されたフランスStrasbourg大学のDr. Andrey Klymchenkoの研究室を経て帰国した仁子先生は「2016年4月から高知大学助教(2023年10月より准教授)となり、2017年からは自身の研究室を持つことになったので、やりたかったPYの続き、つまり本格的な生体イメージングへの応用研究を進めることにしました」と言う。
こうして新たなスタートを切った仁子先生のもとに、運命的な出会いが訪れる。自身が作製した分子の可能性を探っていた際、2PMの研究分野で何度も名前を目にしていた愛媛大学医学部の川上良介准教授が高知大学で開催される講演会にやってくるというのだ。仁子先生は「さっそく挨拶をしたら『じゃあ、愛媛大学に遊びにおいで』とおっしゃったので、蛍光プローブのサンプルを持って行きました」と話す。
この出会いによって、仁子先生にとって“我が子”のような蛍光プローブPYは大きく成長し、LipoPYF5やNIR-LipoPYF5の開発へと繋がっていく。さらに研究を発展させ、マウスの海馬血流観察に成功した論文も、Wiley-VCH社の材料科学フラッグシップジャーナル「Advanced Functional Materials」2021年5月17日号で表紙を飾った。川上准教授は、仁子先生が開発した様々な蛍光プローブを、当時、愛媛大学医学部で皮膚科学や人体病理学の研究をしていた村上正基特任教授(現・宮崎大学医学部客員教授)にも紹介し、掌蹠膿疱症や皮膚がんなどの病理診断に応用する研究へと発展させるなど、まさに蛍光イメージングの巧みであった。
こうして新たなスタートを切った仁子先生のもとに、運命的な出会いが訪れる。自身が作製した分子の可能性を探っていた際、2PMの研究分野で何度も名前を目にしていた愛媛大学医学部の川上良介准教授が高知大学で開催される講演会にやってくるというのだ。仁子先生は「さっそく挨拶をしたら『じゃあ、愛媛大学に遊びにおいで』とおっしゃったので、蛍光プローブのサンプルを持って行きました」と話す。
この出会いによって、仁子先生にとって“我が子”のような蛍光プローブPYは大きく成長し、LipoPYF5やNIR-LipoPYF5の開発へと繋がっていく。さらに研究を発展させ、マウスの海馬血流観察に成功した論文も、Wiley-VCH社の材料科学フラッグシップジャーナル「Advanced Functional Materials」2021年5月17日号で表紙を飾った。川上准教授は、仁子先生が開発した様々な蛍光プローブを、当時、愛媛大学医学部で皮膚科学や人体病理学の研究をしていた村上正基特任教授(現・宮崎大学医学部客員教授)にも紹介し、掌蹠膿疱症や皮膚がんなどの病理診断に応用する研究へと発展させるなど、まさに蛍光イメージングの巧みであった。
仁子先生は「愛媛大学の医学部もおもしろいところで、生検組織を検査する従来の病理診断と、私の蛍光色素を使った蛍光イメージングによる病理診断の対決を試みたのです。結果は蛍光イメージングの19勝1敗。その1敗も2PMのレーザーが壊れたことが原因でした」という。実質的に蛍光イメージングの全勝であり、そのまま病理診断に応用しても診断の迅速化や人手不足解消に役立つことが証明されたといえる。
ところが、村上教授らの要求はそれだけにとどまらなかった。仁子先生は「村上先生や川上先生って、軽ーい感じで難題をふっかけてくるんですよ。この間なんか、『これ、病理サンプルじゃなくて、生きている皮膚をそのまま染色できる色素作れない?』とか平然と言ってくるんですよ」と、どこか嬉しそうに話す。この無茶ぶりはその後、2023年10月に仁子先生を研究責任者とした「普及型コンパクト多光子顕微鏡ユニットの開発」という課題名で、JST(科学技術振興機構)の「研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)」本格型に採択された。
マイクロピペットと大量のゴム栓から始まった研究室
こうして現在は大型の研究資金を確保した仁子先生だが、「自分のラボを持った2017年当初はとにかく研究資金が無くて、金策に奔走していました」と言う。
通常なら、研究室には前任者が残していった機器や資材がある程度はそろっているものだ。ところが、高知大学はちょうど2017年に理学部を理工学部へと再編するタイミングだったため、仁子先生が大学から与えられたものは、それまで誰も使っていなかった何もない部屋と、30万円のスタートアップ資金だけだったのである。
仁子先生は、「就職祝いとして親族からもらったお金でマイクロピペットを買うような状態で、そのほかには、東工大時代の恩師がゴム栓をたくさんくれました(笑)。なので、私の研究室は30万円とマイクロピペットと大量のゴム栓から始まったんです」と、笑いながら当時をふりかえる。
通常なら、研究室には前任者が残していった機器や資材がある程度はそろっているものだ。ところが、高知大学はちょうど2017年に理学部を理工学部へと再編するタイミングだったため、仁子先生が大学から与えられたものは、それまで誰も使っていなかった何もない部屋と、30万円のスタートアップ資金だけだったのである。
仁子先生は、「就職祝いとして親族からもらったお金でマイクロピペットを買うような状態で、そのほかには、東工大時代の恩師がゴム栓をたくさんくれました(笑)。なので、私の研究室は30万円とマイクロピペットと大量のゴム栓から始まったんです」と、笑いながら当時をふりかえる。

そんな状態だったため、大学の研究推進課で助成金の情報を収集し、該当する研究助成プログラムには片っ端から申し込んだという。「中谷財団さんの助成事業を知ったのもその時です」と言う仁子先生は、「若手研究者を対象とした助成は年間100万円のものが多いのですが、中谷財団さんの助成は200万円(当時)と額が大きいですし、連続して申請できるなど条件の縛りが少ないので、本当に助かりました。また、私はもっぱら化学の研究をしているのですが、研究テーマを大枠で捉えれば医工計測技術に含まれるので申請できる、という間口の広さもありがたかったです」と話す。


ただし、地方大学ならではの事情として、大都市圏の大学などとは異なる資金事情もあるようだ。仁子先生は、「たとえば、旧帝大などには当たり前にあるような機器やソフトウェアがありません。私も2PMやクライオ電顕などは他の大学に行って使わせてもらっていて旅費がかかりますし、NMR(核磁気共鳴)を使う場合も、1分あたり100円という高額の使用料がかかっています。あとはScifinder(技術文献・反応・化学物質検索ツール)が使えないなど、不便は色々とあります。なければないで、無理やりなんとかするんですが…」と厳しい状況を吐露する。
続けて「そんな状況なので、学生や研究員には、貪欲に、節操がないぐらいに助成金申請を出せ、と言いたいですね。私の場合は研究室発足当初の事情もあって、1年に10件ほどのハイペースでいろいろな助成に申請していました」と若手研究者にメッセージを送る。
続けて「そんな状況なので、学生や研究員には、貪欲に、節操がないぐらいに助成金申請を出せ、と言いたいですね。私の場合は研究室発足当初の事情もあって、1年に10件ほどのハイペースでいろいろな助成に申請していました」と若手研究者にメッセージを送る。
しかし、近年は採択率の低い助成事業への申請を敬遠する傾向も、若手研究者の間には見られる。仁子先生も「(自分も若いつもりですが)最近の若い人たちは、不採択になると自分の研究を全否定されたような気になるのでしょうかね。私の研究室でも、採択率が低い給付型奨学金などへの申請については消極的な子が多いです」と嘆く。さらに「助成への申請は資金面ももちろんですが、それ以外にも利点があります」と言う。「まず、たくさん申請書を作成する中で、もうこれ以上は無理!というほど研究アイディアを出し尽くし、文章を推敲し尽くしました。この経験は、(科学者にとって本当にいいことなのかどうか実は微妙ですが)地方国立大PIとしての生存能力の獲得に、極めて重要なものだった感じています。また、助成金の贈呈式などで、自分の領域外で、しかも熱意のある研究者と知り合う機会がもてます。特に中谷財団さんの場合は、助成金贈呈式でポスター発表をする機会がありますよね。あれはとてもありがたいです。助成対象の研究テーマの間口が広いからこそ、ポスター発表で普段はあまり接点のない医学・生理学分野などの先生たちと交流が持てます。たとえば、医学系研究科の先生のなかには市販の蛍光プローブしか使っていない人も多いので、私のほうから『こんなプローブがありますよ』といった提案をすることができました。いつもの顔ぶれが集まる学会よりも良いインタラクションが期待できるので、自分の研究の世界を広げる絶好の機会だと思います。そういった面でも、中谷財団さんの助成は若手の研究者薦めたいですね」と話してくださった。
最後に、仁子先生は、「そうして資金面の問題をクリアできれば地方大学にも良い面はあって、私の場合は、早くにPI(Principal Investigator:研究責任者)として独立して自分の研究テーマを立てることができました。あと、頑張っていれば(いい意味で)目立つ存在になりやすく、その場合意見を聞いていただきやすいかなと感じます。また、自由というか寛大な面もあって……、実は私、妻の仕事の事情で今は千葉県に住んでいて、高知と千葉の二拠点生活をおくっているのです。ほかの大学ではどうかわかりませんが、高知大学では各部局長に報告したところ、みんなあたたかく認めてくれました」と笑っていた。
