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助成受賞者インタビュー特集 技術開発研究助成
受賞者インタビュー

令和3年度
技術開発研究助成 特別研究

花岡健二郎教授

慶應義塾大学
薬学部・大学院薬学研究科 創薬分析化学講座

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花岡健二郎先生インタビュー[前編]

[前編]未来の医療や生命科学を大きく変える可能性を秘めた蛍光イメージング技術

将来的には、飲むだけで病巣を浮かび上がらせ、微細な切除部位を示すガイドとして高難易度の外科手術を容易にしたり、レーザーで治療できたりする――。そんな夢のような可能性を秘めた「蛍光イメージング技術」の開発研究でさまざまな成果をあげ、「平成22年度 日本薬学会奨励賞」や「平成25(2013)年度 中谷賞 奨励賞」など数々の賞を受賞してきたのが花岡健二郎先生だ。その花岡先生が、中谷財団の令和3年度特別研究助成を受けられたことを機に、研究内容や研究にかける思いを伺った。

令和3年度
技術開発研究助成 特別研究

氏名
花岡健二郎教授
所属機関・職名
慶應義塾大学薬学部・大学院薬学研究科 創薬分析化学講座
主な受賞歴
第3回 島津奨励賞(2020年度)、平成25年度 中谷賞 奨励賞 他多数

重要性を増すバイオイメージング

人体や動物の体内を生きたまま透視する「バイオイメージング」は、最新の医学や生物学などの研究には欠かせない医工計測技術だ。現在はX線や超音波、核磁気共鳴などを用いた技術があるが、細胞内などの特定の生体分子を蛍光色素で光らせて可視化する「蛍光イメージング技術」は、2008年に下村脩先生が「緑色蛍光タンパク質(GFP)」の発見でノーベル化学賞を受賞するなど、近年、生命科学の分野で注目度と重要性を増している。
蛍光イメージング技術には、蛍光顕微鏡などの測定機器と「蛍光プローブ」が必要になる。蛍光プローブとは、特定の分子と反応することで蛍光を発したり、蛍光の色調が変化したりする機能性分子で、花岡先生は「私たちは有機合成化学の技術を用いて、標的分子に合わせた蛍光プローブをオーダーメイドのように作っています」と研究概要を説明する。

なお、蛍光顕微鏡は2014年に「超高解像度の蛍光顕微鏡の開発」に対してノーベル化学賞が贈られるなど進歩が著しい。その一方、蛍光プローブは、緑色蛍光色素であるフルオレセインなどの蛍光化合物が19世紀後半に登場していたものの、長年にわたって実用的なプローブ開発の研究はほとんど行われていなかった。花岡先生は「私の大学院時代の恩師である東京大学大学院・薬学系研究科教授だった長野哲雄先生が1990年代に開発を始めるまでは、カルシウムイオン(Ca2+)の濃度に反応するCa2+蛍光プローブなどが知られている程度でした」と言う。
ただし、それ以降は急速に開発が進み、単純に蛍光を点けたり消したりする研究は、やり尽くされてしまう。そこで花岡先生は「蛍光顕微鏡の性能が向上しているので、従来の緑色以外の波長(色調)の蛍光プローブを作れば、もっといろいろなことができるのではないか」と考えた。既存の緑色蛍光団以外の蛍光プローブを開発すれば、複数の分子を異なる色で同時に可視化する「マルチカラーイメージング」が可能になるほか、GFPとも併用できるなど、利点は多い。こうして開発されたのが赤色蛍光団「Tokyo Magenta類」だ。

 

大きな変化をもたらした赤色蛍光団

具体的には、フルオレセインなどの色素骨格であるO(酸素)原子を他の原子に置き換える研究を進め、Si(ケイ素/シリコン)に置換することで500~560nm前後の吸収・蛍光波長(緑色)を約90nm長波長化させることに成功(図1、図2)。Tokyo Magenta類と、これを核とした蛍光プローブの開発で「平成25(2013)年度 中谷賞 奨励賞」を受賞した。
図1
図2
花岡先生は「OをSiに替えるだけと言うと簡単に聞こえるかもしれませんが、実はこれが難しくて、有機合成化学技術の進歩がなければできませんでした」と言う。また、技術的な難しさ以外でも、「生体にSiは使えないのではないか、と研究を疑問視する意見もありました。でも、地道に論文を書き続けることで有用性が理解されるようになり、それ以後しばらくは、数百種類に及ぶ緑色蛍光プローブのOをSiに置換するだけで、一流誌に掲載されるレベルの論文になりました。今ではSi置換プローブは広く使われていますので、蛍光色素の分野では大きな変化になったのではないかと思います」(花岡先生)と話す。

こうして開発された赤色蛍光プローブのうち、カルシウムイオン検出プローブなど数種類はすでに研究用として市販されている。花岡先生は「Tokyo Magentaでは特許を取ったのですが、ほとんどの市販製品では特許を取っていなかったので、僕たちにはあまりお金は入ってきません」と笑いながらも、「この製品を使って研究論文を書いた人たちが僕らの論文を引用してくれますし、それで新しい生命現象が解明されるのであれば、とても意義のあることだと思います」と研究者らしい眼差しで話していた。

 

研究者たちが追い求めた近赤外領域の蛍光色素

図3
花岡先生たちが開発したTokyoMagenta類は、もともと波長が500nm前後だったフルオレセインのO原子をSi原子に置換したもので、波長は600nmに近い蛍光団だ。これに対し、もう少し波長が長いローダミン類を元にしたSi置換ローダミン(シリコンローダミン=SiR)類では、波長が650~720nmとなった。
波長650~900nmの領域の光は近赤外光領域とよばれ、ヘモグロビンといった生体組織の構成物質や水などによる光の吸収が少なく、組織透過性が高い(図3)。花岡先生は「簡単に言えば体の奥まで光が届きやすい。そのため『生体の光の窓』などとよばれ、2000年ぐらいから研究者たちが開発にしのぎを削っていた蛍光領域です」と解説する。
中谷財団の令和3年度特別研究助成では、この近赤外蛍光団であるSiR類、およびその分子構造を左右非対称に合成した非対称型SiR蛍光団(図4)を用いた近赤外蛍光プローブの開発が助成対象となっている。
従来の左右対称型SiR類とは異なり、特許技術をともなった非対称型SiR類の合成手法について、花岡先生は「自由自在に非対称SiRを作れるようになったことで、5~10nm刻みで波長を変えられるようになりました。これにより、さまざまな市販のレーザーに加え、研究者が独自に作ったような装置にも最適化した色素を作ることができます」とその意義を説明する。
図4

創薬や実臨床での利用に意欲

花岡先生たちが近赤外領域で細かく波長を変えられる非対称型SiR類の合成手法を確立したことにより、様々な機器に最適な蛍光プローブを作ることができるようになった。しかし、成果はそれだけにとどまらない。
花岡先生は「この合成手法でいろいろな蛍光プローブを作るなかで、いくつか特徴的なものができました」という。そのうちのひとつが、2型糖尿病の創薬標的分子であり、食道がんを検出する際のバイオマーカーとしても注目されるDPP-4(ジペプチジルペプチダーゼ4)の活性を検出する近赤外蛍光プローブだ。

令和3年度 中谷賞 大賞を受賞した東京大学の浦野泰照先生らと一緒に国立がん研究センターで行った検証実験では、この近赤外蛍光プローブで、実際の臨床における食道がんの検出結果と一致する実験結果を出すことができた。

こうした成果を受け、花岡先生は「これまでの基礎研究試薬としての利用にとどまらず、創薬過程での応用や実臨床につながるものへと研究を進めていきたいです」と意欲を語る。

 

大きく広がる応用の可能性

また、蛍光イメージングは感度と空間分解能の高さが特長なので、精度を上げればごく小さながん細胞も見つけられるようになる可能性が高い。「そうなれば、将来的には食道に蛍光プローブをふりかけておいて、内視鏡で見ながら光った部分を切除する、といった術中診断への利用も可能だと考えています」(花岡先生)と言う。

こうした利用方法は食道がんに限らず、さまざまな手術に広がる可能性を秘めており、花岡先生は「ゴッドハンドとよばれるようなお医者さんじゃなくても、きれいにがん細胞などを切除できるようになる可能性もあります」と話す。

さらに多くの蛍光プローブが開発されれば、たとえば、蛍光プローブを飲むだけでがんなどの病巣を特定する、といったことも可能になるかもしれない。花岡先生は「強い光を当てることで色素が壊れて細胞を殺す働きをする蛍光色素もありますので、診断でがん細胞を光らせ、レーザー光を当ててその場で治療する、というようなことが、将来にはできるようになっているかもしれません」と夢を膨らませる。
花岡先生

 

「おもしろさ」が研究の原点

そんな夢を実現させるためにも、いろいろな蛍光プローブを開発する必要がある。花岡先生は「有機合成化学では、理論的な計算に基づいて生成できるものもありますが、作ってみて初めてその機能がわかるものも山ほどあります」と言う。
DPP-4の活性に反応するプローブを見つけたときと同様、たくさんのプローブを作ったなかから特徴的なものを見つける、という宝探し的な研究手法も有効であり、「それが化学のおもしろいところでもあります」(花岡先生)と言う。

この「おもしろさ」や「楽しさ」は花岡先生が研究者の道を進む原点でもあった。

花岡先生自身は「長野先生が熱意をもって研究されている姿を見てやりがいを感じた部分も大きいですが、単純に、蛍光イメージング技術はおもしろい、と感じたことも研究の道に進むきっかけでした」と言う。続けて「極端なことを言えば、既知の色素の分子構造に何かひとつ足すだけでも(実際にはそれが難しい場合が多いのですが)、誰も作ったことのない新しいものが作れる。学生にもそういうおもしろさを見つけて、興味をもって楽しんでもらいたいのですが……なかなかそういう学生は少ないのが現状です」と嘆く。

なかには「誰もやったことのない研究は、うまくいくかどうかわからないからやりたくない」などと言う学生もいるという。
花岡先生は「実験や研究で失敗することはまったく問題ではなく、その失敗の先に何があるのか、ということこそがおもしろい。とはいえ、それまで授業で習ってきたことを実験で再現する、与えられた問題に答える、という『勉強』だったものが、誰もやったことがないことに挑戦する『研究』に変わる時の戸惑いは、私も大学院生時代の一時期に感じたことがあります。そこを乗り越えて興味や楽しさを感じられるかどうかが、研究の道に進めるかどうかの分かれ道なのではないでしょうか」と分析。「だから、研究者の道を進みたいと考えている人には、新しいものに対する興味をもって、科学を楽しむ姿勢をもち続けてほしいです」(花岡先生)とアドバイスをくれた。

 

「本物の研究」がもたらすモチベーション

花岡先生
また、研究を続けていくモチベーションについて、花岡先生は「そもそも実験が好きということもありますが、やはり長野先生の影響は大きいです。先生は常々『論文のための研究ではなく、本物の研究をしましょう』とおっしゃっていました」と言い、続けて「これがとても大切なことで、もし『論文を書くためだけの研究』だと思ってしまったら、研究は続けられないでしょうね」と話す。

その点、蛍光イメージング技術は「遠い将来かもしれませんが、前述したような術中診断の蛍光ガイドや新たながん診断・治療法の確立などで、医療や生命科学を大きく変える可能性があります。それも、今、僕たちがやっている基礎研究があってこそ実現するものなので、今後も夢をもってがんばっていきたいです」(花岡先生)と抱負を語ってくれた。

現在、2年間にわたる特別研究助成の1年目が2022年4月に始まっている。後半を迎える来年度、また花岡先生からどのようなお話が伺えるのか、その進捗に期待したい。